タイ在住32年になります、現役サラリーマンのシニアライフビギナー66歳です。
タイで半世紀近くEPC事業を生業にする日系企業(本社:東京)に勤めて来ましたが、いよいよ今年3月にタイを離れ、日本へ本帰国の予定です。
残り3ヵ月を切りまして、少しずつ寂しさがこみ上げて来ます。。

この32年間を振り返るのは、まだ少し早過ぎる気もしますが、少しずつ整理しておこうと思っています。
まず今日のお話しは『私が学んだ大事な教訓(会社偏)』です。
別途、”私生活偏”も纏められたらと思います。
32年間を振り返る:(会社偏)
マインドセット:境界線を越えるプロフェッショナリズム
- 国民性や文化を意識し過ぎない(マナーの共通化)
「タイ人だから……」と国民性や文化を意識し過ぎて、仕事の基準やルールをアジャストするのは逆効果。挨拶に始まり、ホウレンソウ、といったビジネスのマナーは世界共通です。
グローバルスタンダードを徹底することが、結果的に現地スタッフをどこでも通用する人材へ成長させ、彼らを守ることにつながると思います。

- 「タイだから仕方ない」という妥協の排除
「マイペンライ」を免罪符に妥協していては、組織も仕事のやり方も変わりません。実際、多くのタイ人は現状を打破し、成長したいと強く願っています。
好奇心も旺盛です!
リーダーが「変わりたい」という彼らの意欲を信じ、ロジカルかつ厳しく導くことで、彼らは期待以上のパフォーマンスを発揮します。
タイが秘めるポテンシャルは高いです! - 「先進国バイアス」を捨て去る
「日本(先進国)から来ている自分が上」という勘違いは、現場に必ず伝わり、信頼を損ないます。過去、何人か勘違いした日本人が本社から派遣されて来ましたが、功績を残せた人はいませんでした💦 彼らからよく聞いた言葉が「何度言っても、言うことを聞かない・・」でした。しかしその殆どが、”ただ伝わってなかっただけ=伝える努力を怠っただけ”でした。
タイには日本を凌駕するスピード感や知性を持つ優秀な人材が数多くいます。
国籍というフィルターを外し、一人のプロフェッショナルとして敬意を払うことが不可欠です。 - 「変化への適応能力」を武器にする
新しいテクノロジーや仕組みに対するタイ人の適応スピードは、日本より格段に速いのが現実です。『おいおい、検討にあたってリスク分析はやれてるのか?』と思いきや、その辺りの感度も決して低くないです。むしろ日本人は、”石橋を叩き過ぎる” とか ”初物を敬遠し過ぎる” と思うことが多いです・・
DXやIT化など、彼らが得意な分野では主導権を渡し、日本の成功体験に固執せず、現地のスピード感に便乗する柔軟性が求められます。
タイ人の魂に火をつける:感情と文化の活用
- 「祭り好き」のエネルギーを仕事に活かす
タイ人のイベントに対する集中力は驚異的です。
ですから、「遊び」と「仕事」を分断せず、プロジェクトを「祭りの準備」のようにワクワクする演出で包み込み、その熱狂をビジネスの成果へと転換させるのがリーダーの腕の見せどころです。
私は、”飲みにケーション”や”ゴルフ”などの社外活動より、むしろ定時内、かつ職場内で、どう楽しく仕事してもらうか!が大事だと思ってきました。
お客さんとのお付き合いもそうです。

. - 「タンブン(徳を積む)」の精神をゴールに据える
見返りを求めずに与える「タンブン」は、彼らの行動原理の核です。
利己的な数値目標よりも、「この仕事が誰のためになり、いかに徳を積めるか」という社会的意義を示すことで、彼らの自発性とホスピタリティは最大化されます。
どのように動機付けすればよいか難しい話しではありますが、やはりポイントは、私らの仕事が、社会や誰かの為に役立っていることを、数字と共に繰り返し伝えることが大事だと思います。 - プロセス管理よりも「プライド」を刺激する
緻密な工程表で縛るよりも、完成した時の「かっこよさ」や、周囲からどう称賛されるかをビジュアルで示す方が彼らは動きます。
SNSや社内掲示板での華やかな表彰など、個人の誇りを満たす仕掛けが大きな推進力を生みます。
その点、私の会社のイントラネットは豪華に褒め称えています(笑)
実は、イントラネットには”xxTube”なるサイトもありまして、社外秘のおもしろ動画も豊富です。まだバズッた動画はありませんが💦 - ロジック(理屈)の前に情緒(感情)で繋がる
「正しいから動け」という正論だけでは、タイでは人は動きません。
「この人のために頑張りたい」と思わせる人間関係が先決です。冠婚葬祭への出席や、家族を気遣う一言といった泥臭いコミュニケーションこそが、揺るがない信頼の土台となります。
これはタイに限ったことではないのですが、特に家族愛が非常に強いタイでは留意すべきポイントだと思います。
組織の持続性と去り際の心得
- 離職を「ネットワーク構築」と捉え直す
タイでは、転職は当たり前の文化。
ならば、離職を損失と嘆くのではなく、当社の「DNA」を埋め込んで送り出すチャンスと捉えます。彼らが他社で活躍し続けることで、強固な外部ネットワーク(卒業生名簿)が形成され、会社の資産となります。
日本ではちょっと想像し辛いですが、会社を辞めた後でも、タイ人のネットワーク網は半端なく強固です。 - 「沈黙」の裏にある心理的安全性を確保する
会議での沈黙は「合意」ではなく「恥をかきたくない」という防御反応だったりします。失敗しても「マイペンライ」と上司が笑って見せ、挑戦を称える文化を作ること。心理的安全性が確保されて初めて、彼らの独創的なアイデアが表に出てきます。そしてアイデアが出た時は、間髪入れず、人前で褒めてやることです。 - 自走できる仕組みを残して綺麗に去る
30年以上いると、組織が「属人的」になりがちです。ですから、自分が長く居ることで、組織が歪に偏らないよう気を付けて来たつもりです。
今は、「決断する人」から「相談に乗る人」へシフトし、判断基準を言語化・マニュアル化して、彼らだけでPDCAが回る状態をゴールにしています。
とは言え、DXやData Managementは、まだ始めたばかりですので、心残りになりそうなことも沢山あります。でも、次世代に託すべきことですね!
32年間の変遷:マネジメント観の比較
| 項目 | 過去の視点(陥りがちな罠) | 32年を経て辿り着いた境地 |
| 仕事の基準 | 現地の文化に過度に合わせる | ビジネスの基本は世界共通で貫く |
| 人材の評価 | 日本人が指導し、引き上げる | 国籍を捨て、個の優秀さに敬意を払う |
| 離職の定義 | 人材の流出、裏切り | DNAの拡散、外部ネットワークの拡大 |
| 動機付け | 給与やプロセス管理 | 祭りのような楽しさと「徳」の追求 |
| 意思決定 | 日本人ボスが決める | タイ人が自走できる仕組みの構築 |
最後に:タイでの32年の歴史は、これからも生かせます!
1990年代から今日まで、私はタイの激動を肌で感じてきました。
彼らに「日本のやり方」を教えるつもりが、気づけば私の方が「しなやかさ」や「今を生きる力」を教わっていた32年間でした。
2026年3月末をもって日本へ帰国しますが、その後も親会社に戻って暫くサラリーマンを続けます。引き続きタイ側との連携にも関わるミッションですので、ここで得た教訓はこれからも生かせるはず!と思っています。


それでは、明日もいい日でありますように!
Have a Nice Day!



